*** 夏がくれた贈り物 ***




「ハルカさまぁ、おはようございますっ」

目を覚ますと、久能が俺の顔を覗きこんでいて、嬉しそうにそう言う。
眠い目を擦りながら「おはよ」と小さく返事をして身体を起こすと、久能は俺の身体に、ぎゅーっと強く抱きついてきた。

「な、なに?」
「ハルカさま、お誕生日おめでとうございます」
「……え?」

視線を、嬉しそうにしがみつく久能からカレンダーへうつす……今日は8月9日。
あぁ、そうだ……俺の誕生日だ。
(夏休みって、日にちの感覚がおかしくなるよな。それに、もう誕生日がそんなに嬉しい歳でもないし。)

「えっと……ありがと」
「今年は間違えないで言えました」
「おー、そうだな、間違えずに言えてえらいよ、無能」
「うぅ……何も言い返せません」
「って言うか……おまえ、今日は早起きだな」
「えっと……ハルカさまのお誕生日プレゼント考えてたら寝れなくて」

そう言って、久能は少しだけ俯く。
……別に特別なものなんていらないし、こうやって「おめでとう」って言ってくれるだけで嬉しいんだけどな。
そう思いながら頭を撫でてやると、少しだけ俯いていた久能が顔をあげた。

「だから、ハルカさま、なにがほしいか教えてくれますか?」
「へっ?」
「あの、去年みたいに失敗したくないんで……聞いたほうが早いかなって……今年はハルカさまもお休みですしっ」 「あー……別に、いらな……」

「いらない」と言おうとして、去年のことを思い出して……やめた。
補講のため学校に向かう俺へいってらっしゃいのキスと……裸エプロンに……一緒にお風呂に……思い出しただけで頭が痛くなる。
「いらない」なんて言ったら、こいつはまた頭を悩ませて、またとんでもないことをするのだろうか。勘弁してくれ。

「あ……ケーキが食べたい」
「ケーキ……わ、わたし、作ります!」
「作る!?」
「わたしの作るケーキ……じゃ、いや、ですよね」
「あ……いや、いやじゃない!一緒に作ろうな!一緒に!」
「っ、はい!」

適当に「誕生日」で一番最初に連想されたものを頼んでみる。
久能の手作り、という予想外のことに動揺したが、拒否をされた、と思ってしまった久能が泣きそうになったので、慌てて頷く俺。
「一緒に」という言葉をかなり強調しながらだが。
無能が慣れないことをひとりで、なんて……アパートがなくなってしまうかもしれない。おそろしい。

「じゃあ、材料買わなきゃだな」
「はいっ」
「まずは買い物行くか」
「むぅ……」
「どうした?」

とりあえず、ケーキの件は決定したらしい。
しかし、俺が立ち上がり準備をしようとすると、久能は不満そうに膨れていた。

「買い物じゃ、だめです」
「買い物しねーの?」
「デート、です……買い物じゃなくてデートです」
「は?どう違うの?」
「デートだと、わたしが嬉しくなります」
「は、はぁ……」

久能がまたしょうもないことを言っている。
思わずため息がもれてしまった。
でも、残念ながら…………その気持ちは俺もわかっちゃったりするんだ。そんな恥ずかしい自分に一番あきれて、の、ため息か。

「わかった、デート行こ」
「はいっ!」
「こら、抱きつくなっ」
「じゃあ、手繋いで行きます」
「こら、こら!だーから、くっつくなっ!着替えさーせーろー!」
「お手伝いしま……」
「いらねええええっ!」



*****



「ハルカさま、これ、とりあえず冷蔵庫に入れておきますね」
「おー……、あ……久能、ストップ」
「え?」

二人で買ってきたケーキの材料を買い物袋から出し、冷蔵庫に入れようとしている久能の手を制止しようとすると、久能は、きょとん、と目を丸くして俺の顔を見た。

「俺がやるから少し休んでろ」
「……ふえ」
「ちょっと体調悪い?」
「いえ、そんなことは……ハルカさま、これくらいできますよぅ、気にしすぎです」
「……そうだな」
「でも……ハルカさまが心配なら片付けたら少し休みます」

確かに気にしすぎかもしれない、とも思ったけれど。
でもやっぱり気になってしまっていた俺は、素直に頷いた久能に安堵した。
無事に片付けを終え(途中、卵を落としそうになってヒヤリとしたが)きちんと冷蔵庫のドアを閉めたのを確認して、久能の手を引く。

「ハルカさま、ひとりで歩けます」
「おまえ、すぐ転ぶから」
「うぅ、転びませんー……あっ、でも、わたしはこうされてると、ハルカさまと手繋げて嬉しいからこのままにします」
「……!」

久能が嬉しそうに笑うから、なんだか恥ずかしくなって手を離した。

って、……離した途端に。

「きゃうんっ!!」
「はっ!?」

躓いて、おもいっきり、俺に向かって体当たりしてきた……。

「やっぱり転ぶんじゃん」
「うぅう、すみませんんん」

……期待を裏切らないやつだ。
見事に二人で倒れ込んだが、幸い(なのか?)倒れたのは柔らかいベッドの上で、二人とも無事だ。

……久能が俺の上に乗って強くしがみついてて、俺はそれをしっかり腰に手をまわして抱えてて……
何か柔らかいわずかなふくらみが身体に当たってるんですが。
……ある意味無事じゃねーよな、コレ。

「久能、退いて。んしょっ、と」
「……ハルカさまぁ」
「え?ちょっ」

久能に俺の上から退いてもらったが、今度は、俺の隣に寝転がり、また、ぎゅーっと抱きついてきた。
だ、だだだ、だから!何か当たってるんだってば!

「こうしてると、安心します……」
「へっ?」
「ん、ハルカさま……ぁ」
「!?」

そして、抱きついたままの久能は、甘えた声で俺を呼び、きゅっ、と目をつむる。

「久能……?」
「ん……」

これってつまり……
……良い、のか?

今日は俺の誕生日で、隣には俺の好きなものをくれるって言ってくれてる久能が甘えながら抱きついていて、目、閉じてて……ベッドの上で……

……これって……つまり……だよな?

「久、能……」

名前を呼んで、震える腕で抱きしめ返す。

そして、ゆっくり、ゆっくり唇を近づけて、あと3センチ……1セン…………


「……すぅ、すぅ」
「……は?」

異変に気付きギリギリのところで止まる。

「すぅ……」

……寝息?
ね、寝てる?!

そういえば……こいつ、俺の誕生日で悩んで寝れなかったって……
つまり……色々、俺、勘違い。

「……ったく、俺がずっと耐えてるの……気付いてないんだろうな……俺だって限界があるっつーの」

ぽつり、と文句を言ってみるが、愛しい彼女は無防備に寝息をたて続けるだけだ。

「はぁ、ケーキ作るんじゃなかったのか?」
「むにゃ……ハルカさまぁ」
「ん?」
「だいす……き……くぅ」

……別にいっか。
俺にしがみつきながら眠る久能は、すげー幸せそうで。
こいつが幸せそうな顔して、1日中俺のそばにいるなら、最高の誕生日だから。


……


…………


だがしかし!


この後、眠る久能から離れようとしたが、久能はしがみついたまままったく離れてくれなかった。

そのまま三時間。
無防備に眠る久能と、身体に当たり続ける柔らかい感触……

俺の「誕生日」は、俺の「我慢大会」になってしまったのだった。







2009/8/9 ハルカさま、お誕生日おめでとうございます!