あれから。

皆さんのお力を借りて、帝都を脱出してから。
色々と大変なこともあったけれど、今はこうやって、二人で暮らすことができています。
ハルカさまは、予備校に通いながら、アルバイト……の毎日です。
わたしも、お手伝いするべきだと思ったのですが……
「無能なお前に働けるわけない!」と言われてしまいました……うぅ。

「いってらっしゃい……ハルカさま」
「うん、いってきます」

今も、こうやって、予備校へと出掛けるハルカさまをお見送りしています。

この瞬間はあまり好きではない。
とても寂しい気持ちになるから。

「あの……ハルカさま……」
「なに?」
「……えっと、気をつけていってらっしゃい、です」

早く帰って来てください、寂しいです。
……その言葉は、ぐっとのみこんだ。
頑張っているハルカさまに、迷惑はかけたくなかったから。

「え?うん………あ、久能」
「へ、へぁ?はい!」

ハルカさまは、少しふしぎそうな顔をして、その後、何かを思い出したようにわたしの名前を呼んだ。
(びっくりして、少し間抜けな返事をしてしまいました……。)

「あの、さ」
「はい??」
「疲れてたら……何もしないで、寝てろ」
「ふぇ……あ、え、あっ……!」
「ば、ばか、赤くなるなっ」
「す、すみません……うぅ」

赤くなった理由は、い、言えませんけど……
なんでわたし怒られてるんだろう……と思いながらも、ついつい謝ってしまう。
(というか、ハルカさまの顔も真っ赤です……)

「あの、だいじょうぶです、お洗濯したいです」
「……!ご、ごめん……」
「なんで謝るんですか……ハルカさまが、昨日わたしにしてくれたこと、って、謝ることなんです、か?ふぇ……」
「え、あ……違う!」
「くすん……ハルカさま、今日はお天気が良いからお洗濯日和です」
「そ、そっか?じゃあ、今度こそ、いってきます」
「はい……」

少しだけ長く会話できたけど、やっぱり……寂しいです。
俯いていたら、ハルカさまの手が、わたしの頭に……

「久能!ちゃんと、急いで帰ってくるから、な!」

そう言って、わたしの頭を少し乱暴に撫で、走っていった。

一瞬でも、はなれてしまうのは寂しいけれど。
少しだけ、幸せな気分になりました。

さて、わたしは、お洗濯をすることにします。
無力なわたしだけど、あれから、少し、家事だけはできるようになりました。……少しだけ。
ハルカさまに迷惑をかけることはなくなった!……と言えないのが残念ですが。
(いまだに、ドジばっかりして、ハルカさまの手を煩わせてしまいます……あぅ。)




*** apple crisp ***




「ただいま……あれ?」

帰宅すると、部屋は真っ暗だった。
いつも「ただいま」と言うと、ひかえめに、だけど、とても嬉しそうに微笑む久能の姿が今日は見えない。

「久能?」

とりあえず、電気をつけてみると……
部屋のすみで、布団を抱えて眠っている久能を発見した。

「なんでそれ抱えてるんだ……意味ねぇ」

布団をかけようと、起こさないように、そっと近付いたけど。

(ヤバい、か、可愛い……)

すぅすぅ、と規則的に寝息をたてて眠る久能が可愛くて、ついつい、頬に手を伸ばしてしまった。
そして、寝息をたてる久能の唇に……、

なにやってんだ、俺。
あと3cmのところで、我にかえった。
いくら、自分の女でも、寝てる女の子にこういうことするのは良くないと思う。

「ん、ん、ハルカ……さま」
「久能……悪い、起こしたか?」
「ハルカさま……ぁ」

久能は、まだ寝惚けているのか、ぼーっ、と、こちらを見て、甘えた声で俺を呼ぶ。

「ハルカさま〜…」
「……何?」
「おかえり……なさい」
「ただいま」

そして、いつもと同じように、ふにゃりと顔を緩め、微笑んだ。

「ハルカさま……抱いてください」
「……ぶは!?おまえ、まだ寝惚けてんの!?」

……な、なにを言い出すんだ?!あ、相変わらず……と、突然変なことを…!思わず変な声出しちまったじゃねーか!
なんて、動揺する俺に久能は首を傾げる。

「……?ハルカさまに、ぎゅって、してほしいです」
「……へ?」
「ぎゅって……抱き締めてほしいです……だめ、ですか?」

………。
なにか、勘違いしたみたいです。
自重しろ、俺の頭。

「はいはい……良「ハルカさま……っ」
「うわっ」
「ハルカさま、ハルカさま、」

返事が終わる前に、勢いよく抱きつかれ、危うく倒れるところだったが。
それを受け止め、膝の上に座らせて抱き締めてやると、久能は何度も何度も俺の名前を呼んだ。

「あ……ぅ……ハルカさま」
「久……能?」
「ハルカさま……あったかいです」
「布団ちゃんとかけてなかったから寒かったんじゃねーか?なんで抱えて……てか、これ……俺の」

いつも、俺と久能は、別々の布団で寝ている。
しかし、久能が先程まで抱えて寝ていた布団は、いつも俺が使っている布団だった。

「ぅ、すみません……お洗濯して、あと、お布団も干そうと思って……」
「寝ちゃってました、と?」
「あぅ……お布団、ハルカさまのにおいがして……ハルカさまに、ぎゅってしてるみたいで……嬉しくて……うとうとして……でもやっぱり、ハルカさまに、ぎゅってしてもらう方が良いです」

ぎゅっ、と久能が俺に強くしがみつくと、ふわりと、洗剤の柔らかいにおいが……。

「ハルカさま、大好きです」
「……知ってる」

照れくさくて、ついそんな風に返してしまう。いつも、いつも。
でも、腕は、しっかりと久能を強く抱きしめる。
ちゃんと、久能にはそれが伝わっている……のだと思う。
久能はいつも、何も言わずに、だけど嬉しそうに身体を寄せるから。

「ふわ……ぁ」
「あー、また寝れば?」
「だめです、お洗濯物、片付けてません」
「俺がやってやるから……俺が、寝かせてやれなかった、わけ、だし……」
「あ、あ、あぅあぅ」
「もーっ!だからまた赤くなるなっ」
「は、ハルカさまだって真っ赤ですっ」
「う、うるせーよっ、見るなっ無能」
「ハルカさまぁ〜苦しいですぅ、久能でーすぅー!」

久能が俺の顔を見れないように、力一杯抱きしめると、久能は抗議の声を上げながら、じたじた、と暴れた。

「はいはい、わかったから暴れるな」
「ひゃんっ!!」

俺は、暴れる久能の手をおさえつけ、そのまま押し倒す。

「あの、あの、ハルカさま?」
「洗濯とか後で良い……俺も、ねむい……」
「あ、そうですよね、ハルカさまも……ふぁ」

……寝てないのは、俺も同じだ。
そばでくしゃくしゃになった布団を手繰り寄せ、久能の頭を撫でてやる。
撫で続けていると、久能は、うとうと、と、気持ちよさそうに目を閉じた。


もうこの先、片想いなんて絶対しないんだな、なんて。
腕の中でまどろむ久能を見ながら、柄にもなく、ぼんやり思った。







無能ちゃんの寝不足と疲れの理由?やだな、ただのピロートークに決まってるじゃないですか。
携帯サイトで、新婚生活を満喫している二人、というリクエストをいただいたので、どうしても書きたくて、
帝都を脱出した後の二人の生活はまるで新婚生活!なんだろうなって。
でも、ただのバカップルっぽくなってしまいました。
しかも、ただイチャイチャしてるだけなのにいつもより長くてびっくりしました。