晴れた日曜日の午前。 結とのんびりと散歩をしていたはずの皆人だったが……。 ……腕を掴まれて、無理矢理建物の影にひっぱりこまれてしまった。 (こ、これって誘拐?!) パニックになりながら、必死に結に助けを求めようとするが、口を塞がれて、声を出すこともできない。 じたじた暴れていると「おとなしくするのじゃ!」と、小さな声が聞こえた。 その声で、ぴたり、と皆人は止まる。 この声、そしてこの口調。間違えるわけがない、よく知っている人物のものだから。 「つ、月海……?」 「む。結が気付く……えぇい!こっちじゃ!」 きょろきょろ、と不思議そうに皆人を探している結。 だが、月海は、その視線から逃げるように、皆人の手を無理矢理引っ張り、走りはじめた。 *** あいしてね、もっと! *** 「はぁ、ここまで来れば……」 「う、うぅ……な、なに?なんなの?」 随分と走り(走らされ?)離れた場所へ来てしまった。 自分のことを探している結のことが気になったが、それよりも、とりあえず状況の理解をすることが大切だ。 「ミナト、実は、遊園地の券が2組、つまり4人分あって……な」 「え?どうしたの?」 「ふくびきで……当たった……が……こっそりしておったんじゃ」 「え、そうなの?じゃあ結ちゃんも呼んで」 皆人は、走ってきた方向へ戻ろうとするが、がしり、と月海に腕を掴まれてしまった。 (口には出さなかったけれど、腕を掴まれながらも「月海でもふくびきとかするのか……」と呑気に考えていたのだが。) 「それでは、内緒にしていた意味も、汝をここに連れてきた意味もないっ!!」 「?でも、4人なんでしょ?」 「うむ、それなら、既に誘っておる」 ……月海は、ずっと考えていた。 本当は。 自分だって、好きな人と、邪魔をされずにデートがしたい。 自分だって、好きな人に、優しくされたい。 自分だって、好きな人の、もっとそばにいきたい。 あたまをなでてほしい。さわってほしい、ぎゅってしてほしい。キスだって…… 本当は。本当は。 皆人のことが好きで、たまらない。 だから。 「出掛ける準備はすべて吾がした!だから。今から遊園地でぇとに行くのじゃ、ミナト!!」 「で、でぇと……え、デート?!で、でも、だって、他にも誘ってあるんでしょ?!」 「心配せずともよい、だぶるでぇとというものじゃ、ここで待ち合わせのはずなんじゃが、遅い」 「は、はぁ」 皆人は、心配なんてしてないけど……と思ったが、それも口には出さなかった。……こわいから。 誰が来るのかは気になったが、それは、来たらわかることだろう。 それよりも。 適当に走ってきたように思えたが、きちんと待ち合わせ場所に辿り着いていた月海に、何故か(無意味に)感心してしまった。 しばらく待つと、早足でこちらに向かう少年(実際は20歳をこえているのだが。幼く見えるため、少年と言っても間違いではないように思える)と、その後ろを必死にとてとて、と追いかける少女が見えた。 「遅い!結に気付かれてしまうではないか!」 その姿に気付き、怒鳴る月海。 そして、その怒鳴る月海に驚いたのか、こちらに向かってきた少女は、ビクリと震え、急ごうとしたようだが……豪快に転んだ。 「ふ、ふぇっ、ご、ごめんなさいっ、うっ、うっ」 「もー、ドジ!無能!なにやってるんだよ……しょうがねぇなぁ」 転んだ彼女……セキレイNo.95、久能は、一緒に来た彼……葦牙、鷸ハルカに差し出された手を握り、涙を拭いながら立ち上がる。 「月海が誘ったのって……鷸くんと、久能さん?」 「そうじゃ。不満か?」 「いや、ちょっと、意外かなって」 月海は、最弱で帝都を逃げ出した、不戦の鶺鴒であった久能のことは、あまり好意的には思っていなかったはずだ。 そのことを皆人は知っていた。そのため、月海がこの二人を誘ったことに、違和感があった。 「……そんなことは……うむぅ」 ……月海には、ある企みがあった。 セキレイNo.95、久能。そして、その葦牙、鷸ハルカ。この二人を誘ったことには、大きな意味がある。 いつも、他の鶺鴒たちに邪魔をされてしまうけど。 いつも、素直になれないけれど。 吾も……、吾も、ミナトと、いちゃいちゃ、らぶらぶしたいのじゃ! だが、皆人はたとえふたりきりになっても、いつも普通の態度なのだ。 邪魔者がいなくなっても普通では、意味がない。 最弱であり、戦う力がないが、ずっとハルカと一緒にいたい、と帝都を脱出した久能。 そして、その久能のそばにいることを選び、何を捨ててでも、命をかけてでも、最弱であった彼女を守り抜いたハルカ。 いまだってそうだ。転んだ久能に、呆れながらも優しく手を伸ばしていた。 気に食わないけど……悔しいけど、その二人の絆は、たしかなものだ。 そんな二人と一緒に行動することで、あわよくば……皆人も自分といちゃいちゃ、らぶらぶしてくれるのではないだろうか……! つまり、簡単に言えば、二人のバカップルっぷりに便乗させていただきたい、と言いますか。ぶっちゃけ。 この(くだらない)作戦を考えた月海は、さっそく久能を誘った。 汝らは、ただいつも通りにいちゃいちゃべたべたしておればいいのじゃ。駆け落ちを手伝ったんだから、拒否ができると思ってるのか?と。 (そりゃあもう、ぷるぷる震えながら喜んでおったぞ!) …… 最初は、半ば脅されるように誘われて、震えながら頷いたが、結果的には、大好きなハルカさまとデートができる、ということで、久能は喜んだ。 ハルカは、勘弁してくれ……巻き込まないでくれ……と、拒否をした。 だが、「ハルカさまと、遊園地デートしたいです」と俯きながら頬を染め、遠慮がちに袖を引っ張ってくる久能に、真っ赤になりながら、ただ頷くしかなかった。 「では、いざ!行くぞミナト!」 「え、ちょっと!結ちゃんは……」 ……何故、吾といるのに、他の女を気にするのじゃ。 「今頃、出雲荘に帰っておる!」 ずきんと、少し胸が痛んだが、その痛みを誤魔化すように、皆人をぐいぐい引っ張り、月海は目的地へ向かうためのバス停へと急いだ。 「ま、待ってください〜」 「もう……帰りてぇ」 ***** さすが、ふくびきの賞品にもなる、話題の遊園地。 園内は、大勢の人々でにぎわっている。 親子連れはもちろん、デート中のカップルと思われる人々もたくさん見えた。 月海は、これならば、皆人も自分を意識して、いちゃいちゃしてくれるのではないか、と期待したのだが。 その1:ジェットコースターの場合。 「おお、ミナト、上がってきたぞ!」 「ひっ、ひぃっ」 ヘタレな皆人……もちろんジェットコースターも苦手に違いない。 「ふえっ…ひっ、ひっく」 「…あ、やばいかも………」 (じぇっとこーすたーでヘトヘトになったミナトが……ベンチで……隣に座る吾の肩に、も、もたれか、かかり………) 「びっ、」 そんな月海の期待も虚しく。 「ビェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエっ!!」 「や、やかましい、何ぞ?!やかましいぞおおおおッ」 「なななな、なに?!なんなの?!」 「……やっぱり」 ……… 「び、びっくりして、なんか、こわいとかよくわからなかった……」 突然、後ろから聞こえた泣き声で、ジェットコースターの恐怖すら吹っ飛んでしまったらしい皆人。 久能の強烈な泣き声により、見事に月海の計画は崩れ去る。 「ひっく、ひっく」 「だいじょうぶか……?予想はできてたけどさぁ」 泣きながら、ぷるぷると震えている久能。 予想をしていたハルカは、常に忍ばせてあるらしい耳栓により、何事もなかったかのように笑っている。 しかも、久能の腰に手を回し、ぴったりと密着して…… (お、おのれ……あのチビっこめ……!!) その2:おばけやしきの場合。 カップルが、イチャイチャする王道なスポット。 ヘタレな皆人、おばけやしきも(以下略) 「ひ、ひぇええ〜」 入り口前で、すでに泣き出しそうな久能。 「汝らは、さっさと先に行くのじゃ!」 「そそそそ、そんなぁあ……」 このまま、先程の二の舞ではないか……! それでは意味がない。と、月海は無理矢理、久能たちを中へ押し込む。 「ちょっと、こわいよね……仕掛けがあるってわかってるんだけど」 「わ、吾らは、では、ゆっくり、ゆっくり参るぞ!」 なるべく久能たちと距離を置き、入り口へ進むと、予想通り、皆人は少しビクビクと…… (おばけやしきで、おびえた、ミナトが、わ、吾に抱きついたり……) 「びっ」 しかし、またしてもそんな月海の期待も虚しく。 「ビェエエエエエエエエエエエエエエっ!!」 「あー、もう、大丈夫だから、泣くなって!」 ………… 「ねぇ、月海」 「なんじゃ、ミナト」 「なんで、お化けさんたちみんな倒れてるのかな?」 出口まで進むが、目に入るものは、倒れている人。人、ひと。そりゃあもう、バッタバッタと。 どうやら、久能の絶叫のガン泣き(ハルカ命名)をくらったお化けさんたちは、目を回して倒れていたようだ。 ……またしても、久能の泣き声により、月海の計画は崩れ去る。 「ふぇ、ハルカさまっ、こわかった、です……ぐすん」 「はいはい」 外に出るとやはり、震えている久能と、何事もなかったかのように、それをなだめるハルカが。 相変わらず、久能の腰には手が回されている。 (く……っ、チビっこめ……おのれええええ……!) **** そして、その3、その4、5、6………… 「ビエエエエエエエエエエエッ!」 月海の作戦は、悉く失敗する。 この泣き声によって。 「ひっく、ひっく、ハルカさ、ま……」 「いい加減泣き止めって……本当に無能だな」 「むのう…じゃ、ないです……ぐずっ」 泣きっぱなしの久能。 ずっと腰に手をまわしたまま、ぴったりとくっついているハルカ。 月海は……我慢の限界だった。 「ええい!チビっこ!なぜ吾の邪魔をするくせに、貴様だけ……いちゃいちゃいちゃいちゃと!」 「月海!?」 「あ、ちょっと、待っ……やばっ」 月海は苛々し、久能の腕を掴み、ハルカと引き離す。 すると、「きゃっ」と小さな悲鳴を上げた久能は、へたり、とその場に座り込んでしまった。 「久能!やっぱり……あぁ、もー……大丈夫?立てるか?」 「すみま、せん……あぅ」 「!あれ、もしかして……」 ハルカに差し伸べられた手を掴み、ふらふらしながら立ち上がろうとする久能。 その様子を見て、皆人は、はっ!と何かに気付き、口を開いた。 「久能さん、具合悪い?いつから?」 「あぁ、うん……ジェットコースター乗った後かな、こいつ、ずっとふらふらしてて」 「そんなに前から?!鷸くんだけ気付いて……?ご、ごめんね、俺たち、全然気付かなくてっ」 皆人が慌てて謝罪すると、久能はびくり、と大きく震え、ぽろぽろと大粒の涙を流し始めてしまう。 「ごめんな、さ……お役に、立てなくて」 「え、なに?どこか痛い?大丈夫?!」 「わたし、しあわせたくさんもらったのに、なにも、返せない……っひく」 明らかに、今までの泣き方とは違う。 突然、泣き出され、皆人は慌てることしか出来ない。 「助けてもらった、から、わたしは……ハルカさまといれて、しあわせだから、なのに」 大粒の涙を流しながら、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返す。 久能が、ここにきた理由。 たしかに、脅されてこわかったし、ハルカとデートがしたい、という気持ちもあった。 だが、一番の理由は違う。 帝都を脱出してから……久能にとって、とてもしあわせな日々が続いた。 大好きなひととずっと一緒にいれる、しあわせ。 久能はそれをたくさん知った。 それは、月海のおかげ……みんなのおかげで知ることができたこと。 帝都から脱出するとき久能は、やっぱり、祝詞を唱えても役に立てなくて。 そんな時に、月海は、助けにきてくれた。 みんなが……月海がいなかったら、久能は、機能停止し、ハルカとしあわせに暮らすことはできなかっただろう。 しあわせを知った久能だから、しあわせをくれた月海に、そのしあわせを返してあげたかった。 月海が、皆人とイチャイチャしたい!という気持ちに、お手伝いがしたかった。 「わたし、ぜんぜん、お役に……ひっく、ひっく」 「っ……俺は、わかってるから!こいつらが、おまえの気持ちに気付かなくても、ちゃんと俺はわかってるから!だから、泣くな……」 ハルカが久能を優しく抱き締めるが、久能の涙は止まらない。 泣いている久能に、遊園地を歩く人々は何事か、とジロジロとこちらを見ながら通りすぎていく。 ……そろそろ、まわりの視線が痛くなってきた。 オロオロとしていた皆人だったが、それに耐えきれず、ゆっくりと口を開いた。 「あの、と、とりあえず、久能さん落ち着くまで、これ乗ろう?この中なら、他の人に見られないと思うし……」 皆人が指を指した場所。 それは……大きな観覧車。 一方……月海はただ立ち尽くし、泣く久能を何も言わずに眺めていることしか出来なかった。 ***** 「月海、ごめんね、勝手に……二人きりにしたほうが、久能さんも落ち着くかなって」 「別に……、まぁ、そうじゃな」 綺麗な夕日の見える観覧車の中で、皆人と二人きり。 なのに月海は、素直に喜ぶことができずにいた。 ……先程の光景が、頭から離れない。 「……俺、久能さんが具合悪そうだったなんて、全然気付かなかった……すごいね、鷸くんは」 皆人は、そう言って苦笑いをする。 ……もちろん、月海も気付いていなかった。 気付いていたら、強引に引き離す、なんてことはしなかっただろう。 具合が悪かったという久能。 ずっと、久能の腰に、手をまわしていたハルカ。 月海が引き離すと同時に、地面へ崩れてしまった彼女。 「あぁ、そうか、……あの葦牙は、ずっとNo.95の身体を支えて……」 月海と皆人が……全然、気付けなかった、ほんの僅かな、久能の異変。 それに気付けるほど…… (あの葦牙は、No.95のことをよく見ておるのじゃな。) 皆人と添い遂げるために、最強を目指していた月海。 不戦でありながら、大事にされ、守られ、目一杯の愛情を注がれ続けて…… 帝都脱出という方法で、計画が続く間もハルカと共にしあわせに暮らしていた久能。 帝都を脱出した彼女には、闘いも、『鶺鴒と葦牙』という関係も必要がなくなった。 彼女は、脱出したその瞬間から、『鶺鴒と葦牙』の関係ではなく、ホンモノの『恋人』として扱われていたのだ。 本当は、そんな久能に……月海は嫉妬していたのかもしれない。 「大丈夫……?」 皆人の声に月海は、我に返る。 「ああ……」 「なんか、月海ずっと元気ないから」 「え……?」 「違った!?俺の勘違い?だったらごめんっ」 月海が顔を上げると、皆人は慌てて謝罪した。 (……もしかして) 「心配……してくれたのか?」 「うん……そりゃあ、心配だよ」 まっすぐと月海を見る皆人。 真剣な顔をして、 「だって……月海は俺の大事なひとだから……」 そして、にっこりと笑った。 その笑顔に月海は、はっ、とした。 自分は、皆人の何を見ていたのだろうか。 いちゃいちゃ、らぶらぶな関係にならない? ……そんなの、必要ないじゃないか。 久能に嫉妬している? こうやって、皆人は、自分のことを心配してくれる。 大切にしてくれる。想っていてくれる。 ハルカが久能を想う気持ち……かたちは違っても、同じではないか。 ……それで、十分じゃないか。 そんな、皆人のことを好きになったんだから。 「あは、ははは……」 「月海?」 吹っ切れた……気がする。思わず笑いが漏れてしまう。 突然笑い出した月海に、皆人はきょとん、とする。 でも、月海が笑ってくれたことが嬉しかったので、あまり深くは気にしないことにした。 「綺麗……じゃ」 観覧車から見える夕日はとてもきれいだった。 さっきまでは、全然気付けなかったけれど。 「そ、そうだね、すごくきれい……」 「どこを見ておるのじゃ?」 「うううう、ううん!きれいだよね、景色!」 「うむ?」 顔を真っ赤にしながら、皆人は視線を月海から逸らす。 明らかに景色を見ていない皆人を見て、月海は不思議そうに首を傾げた。 デートの終わりに近付き、やっと、しあわせに気付くことができた。 でも……。 でも……! 「でも、やっぱり、たまにはあの二人のようなことも……したいのじゃ」 「あの、ふた、り?」 そう言って皆人は『あの二人』が乗っている観覧車の方へ視線を向ける。 その顔は……先程よりも……更に真っ赤になってしまった。 「何故赤くな……ぬぁああああ!?」 (あぁああ、鷸くん、てっぺんで、キスとか、なんてベタなことを……) 「おのれえええええ!貴様らぁあああっ!なに、なにを、ふたりきりで、あんな狭いところでまぐわって!破廉恥じゃ、破廉恥じゃああぁあっ」 「まぐわ……!?え、違うでしょ?!」 「チビっこのくせに!!おのれえええええええっ」 「わわわ、やめて、月海落ち着いて、揺れる!すごい揺れてるから!!ぎゃああああっ」 こうして、はじめての『だぶるでぇと』は終了した。 観覧車の中でみた夕日は、月海にとって、とても大切な忘れられない宝物になった。 ……しかし。 「観覧車って……あんなに怖い乗り物だったなんて……」 皆人に強烈なトラウマを残したのであった……。 意外と長かった……携帯で先に連載してたやつ。月海の口調はむずかしい。だめかも… |